幼稚舎の歴史
慶應義塾には幼稚舎ができる以前に「童子寮」という12歳から16歳の者を預かる寄宿舎がありました。四男五女の子福者であった福澤諭吉は、その教育に深く心をとめ、「童子寮」よりも年少の子どもたちを安心して任せられる適任の教員の必要性を感じていました。そこで、1874(明治7)年、福澤諭吉の全幅の信頼を受けた高弟である和田義郎が、塾生中で最も幼い者数名を三田の慶應義塾構内にある自宅に寄宿させて、夫婦で教育を行ったのが幼稚舎の始まりです。
紀州出身の和田義郎は、勉強だけでなく柔術にも秀で、「童子寮」よりも幼い子どもたちが将来、慶應義塾で高等教育を受けることを目的として、小学校から中学校までの課程を教えました。当初は「和田塾」と呼ばれていました。1898(明治31)年には学制の大改革を実施し、初等教育から大学に至る慶應義塾の教育体制を整えました。幼稚舎も慶應義塾小学科幼稚舎として三田の慶應義塾構内の西側崖下に教場と寄宿舎を新築し、新たに発足することになりました。
三田校舎の老朽化に伴い、幼稚舎は1937(昭和12)年に、広尾ヶ原と呼ばれる福澤諭吉の別邸があった現在の広尾へ移転しました。設計した文化勲章受章者の谷口吉郎氏は、「校舎があって教育を行うのではなく、設計の元に教育がある」と考え、実際に授業を行う多くの教員から意見を集めて設計しました。本館は約90年経った今日でも、各教室への採光やグラウンドへの動線など機能的な校舎といえます。1987(昭和62)年に竣工した新体育館、2002(平成14)年に完成した新館21の設計は、同氏の子息である谷口吉生氏による父子二代にわたる学校建築です。
慶應義塾幼稚舎は、日本で最も古い私立小学校の一つです。2024年には創立150周年を迎えました。慶應義塾全体での協力の精神が新たな歴史と伝統を築きます。
慶應義塾の略年表
- 慶應義塾
- 慶應義塾幼稚舎
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- 1858
- 福澤諭吉が江戸築地鉄砲洲に蘭学塾を創始
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- 1868
- 通称福澤塾を慶應義塾と命名する
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- 1874
- 幼稚舎創立
初代舎長に和田義郎
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- 1890
- 大学部発足
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- 1898
- 一貫教育の完成
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- 1906
- 大学院設置
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- 1920
- 文・経・法・医からなる私学初の総合大学となる
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- 1937
- 広尾へ移転
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- 1944
- 8月~翌年6月静岡県伊豆修善寺へ疎開
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- 1945
- 7月~10月青森県木造町へ再疎開
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- 1947
- 男女共学を実施
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- 1964
- 幼稚舎創立90周年自尊館・新館竣工
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- 1974
- 幼稚舎創立100周年
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- 1976
- 100周年記念事業の一貫として記念棟竣工
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- 1987
- 新体育館竣工
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- 1999
- 幼稚舎創立125周年
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- 2002
- 125周年記念事業の一貫として新館21竣工
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- 2008
- 慶應義塾創立150周年
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- 2024
- 幼稚舎創立150周年